「技術レベルを下げた方がいい」は本気か。患者さんが望む水準に技術を合わせる、臨床設計という考え方
セラピスト向け
高い技術を、どこまで出すか決める
部位ごとの技術チェックに2年かけて合格させる院の代表が「技術の質を下げた方がいいんじゃないか」と言い出しました。手抜きの話ではありません。高齢者施設の演奏会、ドラマの町工場、膝の体操教室、腰痛の運動療法の選び方を通して、技術レベルを意図的に調整することが臨床設計の一部だという話を、動画の内容から書きます。
とんとんの公式YouTubeチャンネルで、代表の瀬谷崎と鍼灸師の新谷優樹が「技術レベルを下げた方がいい理由」について話した動画を公開しました。冒頭で新谷から「それは院のプライドを捨てることにならないか」「誠実ではない」と突っ込まれ、冗談めかして退職勧告が飛び交う回ですが、中身は真面目です。
とんとんは施術の技術チェックを部位ごとに細かく決めていて、なかなか受かりません。全部に合格するまで2年ほどかかります。それだけ技術にこだわっている院の代表が、なぜ「下げる」と言い出したのか。先に結論を書くと、技術を低くするのではなく、患者さんにとって技術より大事なものが何かを考えて、出す量を意図的に調整するという話です。
代表の瀬谷崎と鍼灸師の新谷が話した動画(約16分)。記事はこの内容をもとに書いています。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎きっかけは、年配の方向けの体操教室だった
この話を考え始めたきっかけは、膝の予防や改善につながる体操教室を年配の方向けに開こうという案でした。瀬谷崎が最初に思ったのは「むちゃくちゃなことはさせられない。うちがやるんだから、ちゃんと組まないと」です。根拠のある内容で、密に組んだプログラムを想定していました。
ところが新谷の案は「ラジオ体操に近い、全身を動かして活動量を上げるくらいでいい。みんなで楽しく、誰でもできるハードルの低さが魅力になる」というものでした。根拠を固めた体操教室というイメージは、参加する側にはあまりない。ここで瀬谷崎は、自分が「ちゃんとやる」をどこに向けていたのかを考え直すことになります。
高齢者施設で泣いて喜ばれるのは、技術を見せる演奏ではなかった
瀬谷崎の妻は音楽グループで活動していて、高齢者施設へよく演奏に行きます。施設にはいろいろな音楽グループがローテーションで来ていて、中には技術的にはもっと上の、クラシックを本格的に演奏する人たちもいます。それでも、毎回いちばん喜ばれるのは妻のグループの方だそうです。聞いていた方が泣いて「楽しい時間だった、また来てください」と言う。
なぜか。施設で過ごしている年配の方が求めているのは、プロ中のプロのクラシックではなく「楽しい時間」だからです。妻のグループはそのニーズを的確に捉えていて、誰もが知っている曲を選び、歌詞のない曲でも鼻歌で一緒に歌えるようにし、進行役の話を面白おかしくして、クイズを出す。大きく印刷した印籠を出して「この紋所が目に入らぬか」とやる。瀬谷崎いわく、毎回60点くらいの出来でも、それで大きくウケるそうです。
対して、本格派のクラシック奏者はおそらく「技術を見せよう」という立ち位置で演奏しています。動画の中で新谷は、この差を「目線が揃っているか、適切な距離感か。レベルが高すぎて突き放される感じがあるのではないか」と言い当てています。技術が高いことと、相手にとっての100点が一致していない例です。
発注側の100点は、高精度ではなく「これで十分」だった
瀬谷崎が引いたもう1つの例が、ドラマ『下町ロケット』のコンペの場面です。技術力が超一流の町工場が、同じく一流で資金も潤沢な相手と競う。そこで町工場側は、発注側が望んでいるのは細かい技術の高さではなく、もっとシンプルで丈夫で安いものだと気づき、部品の数を絞って仕上げます。相手は「うちの方が技術力は高い」と言いますが、発注側は町工場を選び「ここまで考えてくれるとは思わなかった」と評価する。技術レベルを下げた側の評価が上がっている構図です。
新谷は家電で同じことを感じると言います。パンもケーキも焼ける炊飯器より、もっとシンプルで安い方がいい。「こんな性能いらない」は、作り手の技術に対する顧客の正直な反応です。瀬谷崎は「技術をどう定義するかにもよるが、技術を下げた方が顧客満足度が上がることは、たぶんいっぱいある」と言います。
技術レベルを意識的に下げる、合わせることは、ある程度技術が高くないと調整できない。とんとんはそこを頑張ってやってきたので調整が効く。だから「いかに調整するか」が重要になる。鍛えた技術が無駄になる話ではなく、鍛えたからこそ出てくる次の課題です。
体操教室で優先順位を入れ替えると、やることが変わる
では実務で何が変わるのか。体操教室なら、第1目標を「楽しかった、で終わってもらうこと」に置き、膝の可動域が何度上がったか、その運動にどんな根拠があるかの優先順位を下げる。すると内容が変わります。パテラセッティング(膝を伸ばしたまま太ももに力を入れる地味な筋トレ)をみんなで黙々とやるのは、つまらなそうな上に、それ自体の根拠もはっきりしているわけではない。だったら音楽に合わせて楽しく動いて、なんやかんや体にいい、という設計の方が理にかなっています。
瀬谷崎が強調するのは、これは根拠を無視するのではなく、優先順位の位置を変えるということです。やっていることが間違いではないのは大前提で、年配の方に重いスクワットをさせるような内容にはしない。安全で害のない範囲で、何を1番に置くかを決めている。とんとんの体操教室の実際の様子は第1回「膝の体操教室」の記録に書いています。
腰痛の運動療法はどれが一番か。決まっていないなら、選ぶ基準が変わる
動画の中で瀬谷崎が新谷に出した問いがあります。腰痛に対する運動療法で、水泳、筋トレ、ストレッチ、ランニングのうち、どれが一番いいか。新谷は「筋力トレーニングですか」と答えますが、瀬谷崎の答えは「決まっていない」でした。たまに研究が出て順位がつくことはあっても、研究ごとに順位が入れ替わるようなもので、特定の運動が他を圧倒しているとは言いにくい、というのが瀬谷崎の見方です。
そうなると、何をやってもいいし、何をやっても効果が出ないかもしれない。この状態では、どの運動を選ぶかの意思決定で重要になるのは、患者さんに「やった感」があるか、覚えやすいか、こちらが指導しやすいか、続けやすいか、楽しいか、になります。技術や知識が高いことはそれだけでは誇れることではなく、使いこなせなければ患者さんからすれば「知らんわ」で終わる。瀬谷崎はそう言い切っています。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎「患者さんがやってほしい施術」を、実務でどう扱うか
施術の場面にも同じ話が及びます。とんとんは患部をあまり触りません。腰が痛い方の腰を触ることは、8割くらいはない。リスクを減らす、不要だから、という理由があってのことです。ただ、患者さんが「ここをやってほしい」と言い、やったら良くなった、という経験は新谷も「めちゃくちゃあります」と答えています。
そこで出てくる実務的な変化が、患者さんがやってほしいであろう施術、患者さんが効くと思っているであろう施術を、意図して組み込むことです。瀬谷崎の言い方を借りると「根拠はないし、バイオメカニクス(生体力学)で考えれば論理的な整合性はないけれど、患者さんがやってほしそうで、それをやれば良くなる気がすると思っているから、やる」。これを臨床設計の一部として扱います。
ここは、うのみにすると危うい部分でもあります。瀬谷崎も「会社は一律のルールの中でやっているので、どこまでやっていいかは難しい」と断っています。患部を触らない方針には理由があるわけで、安全や害の面で引いた線を越えてまで希望に合わせる話ではありません。線の内側で、患者さんの「効く気がする」を無視しない、という読み方が妥当です。
手を抜くのとは逆で、判断が増える
新谷は入社前、とんとんを「どこへ行っても良くならなかった方が最後に来る院」と捉えていて、根本的な改善を望む方が集まる場所だと思っていたそうです。それはそれで正しいとして、立場によっては、ラフさや楽しさが大事になる場面もある。以前に社員から出て、瀬谷崎が半年後に自分のアイデアのように語り始めたという「臨床はエンタメ」の視点とも、ここでつながります。その話は通院を楽しさで支えるエンタメという視点で書いています。
重要なのは、「楽しい」「満足した」「やった感がある」の方が大事になる人がいて、そのすべてが正しい、ということを分かったうえで使いこなすことです。新谷の「手を抜くことではないですよね」に対して、瀬谷崎は「それはもうクビ」と返したうえで、「むしろ複雑になる可能性がある」と言います。状況を判断して選ばなければならない分、やることは増える。外したときは、ただ質を下げただけになる。だから技術は高いままで、出す量と向きを決める側に回る、という話です。
技術レベルを意識的に、意図的に調整する。単に下げるのではなく、患者さんにとって他に重要なことがあるのではないかと考えて対応する。それも含めて臨床全体を設計する。技術や知識に寄りがちな院ほど、高齢者施設で本格クラシックを演奏して引かれる側、コンペで負ける側にならないように、という自戒でもあります。
患者さんは、技術を見に来ているわけではない
患者さんはお金を払い、時間を作って来ています。ごく広く言えば、気分良く帰ってもらうために来ている。痛みが減ることも、できなかったことができるようになることも、気分が良くなることに含まれます。内装がきれいなこと、先生と話していて楽しいことも全部ひっくるめて「あの院はすごくいい」になる。技術はその中の一要素で、見せるためのものではありません。
新谷は動画の最後で「プライドを捨てるだけの話かと思っていたが、会社としてサービスの質が結果的に上がりそう」と言っています。技術を鍛える段階の先にある話として、自院ではどこを1番に置いているかを、一度考えてみてもいいのではないでしょうか。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎





